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   7、気ままに生きる

 「先生それでは死ねということですか?」


「そうだ、死ねと言うことだ」


 兵馬はためらうことなく平然と言った。


「人は生きるために努力する。それは仕事をすることだ。食べることも遊ぶことも恋をすることもそこから始まる」


「それがなぜ、死ななければならないのですか?」


「仕事をするのが嫌になったのだろう」


「そうです。左官の仕事が嫌になりました」


「他に出来る仕事があるか?」


「ありません!」


「やってみたい仕事はあるか?」


「ありません!」


「と言うことはこれからも仕事は無いと言うことだ。仕事が無ければ食うことも家賃も払えない。わかるか?」


「はい、わかります」


「だから、生活出来なくなる。当然、生きるのが苦しくなる。わかるか?」


「はい、わかります」


「それなら、わざわざ苦しい思いをして生きる必要は無い。死ねば苦しい思いをすることは無くなる。わかるか?」


「わかりました。死んだ方が良いようですね」


「ところが大事なことを一つ忘れていた!」


「何でしょうか?」


「好きな人がいるのだろう!」


「そうです。だから仕事が手に付かなくなったのです」


「手に付かなくなった?それで仕事が嫌になった?」


「違います。その人のことが頭から離れないのです。それで仕事をするのが嫌になったのです」


「何だ!仕事が嫌になったわけでなく、仕事をするのが嫌になったと言うわけか。そう言うことか。それなら死ぬことは無い!」


「では、どうすれば良いのですか?」


「これまで通り仕事の時もその人のことを思い浮かべろ。そして、その人が見ていると思って仕事をすることだ」


「それで良いのでしょうか?」


「それで良い。その人が見ていればおろそかな仕事は出来ないはずだ。恥ずかしくないようしっかり仕事に精進することだ」


「わかりました。ありがとうございました」


 以上は兵馬独特の相談論法である。蔵宿師として札差相手に培ったものであった。


「ところで、左官職人になって何年になる?」


「十二歳で奉公に入りしまして、二十五年目になります」


「ほう!すると三十七歳になったか。早くその人を嫁さんにしなさい。頑張れよ!」


 男は照れるようにして自分の席に戻って行った。


 そこへ入れ替わるように源三郎がにっこり笑って座った。


「先生!相談があります」         


「おお!明石殿、いかがなされた」


「いやー、何でもないのだが、ただ一緒に飲みたくて。お邪魔でしたか?」


兵馬は徳利を手にして、


「さ、一杯いこう!」


「あは、待ってました」


「ご機嫌と見える。何か良い事あったかな?」


「さ、どうぞ!」


 今度は源三郎が酌をする。


「ええ、おおありですよ。毎晩ここへ来るのが楽しみです。それを思うと、仕事に精が出ます」


「仕事?失礼だが何をしておられる?」


「賃粉切りです」


「えっ、ちんこきり?」


「もう、五年も生業としています。食うには困りません」


「何だか物騒な生業だが、岡場所にでも行かれての仕事かな?」


「ははあー、いかがわしいことをお考えだな。煙草の葉を刻む仕事です」


「珍しい仕事もあるもんだ」


「いや、珍しくも何ともない。皆が知らないだけです。先生の煙草は私が刻んだ煙草かも知れませんよ」


「それは良い仕事だね。今度私も紹介して貰おうかな」


「いつでも紹介しますよ。失礼ですが先生は何をしておられる?」


「私は、旗本や御家人の相談を受けている。相談屋と言うところかな」


「それは凄い!先生は何者ですか?やはり、皆が言うどこかの隠れ御曹司でしょう。お顔の品格と言い我々とは全然違います」


「そう言うことは無い。いつもは何もしないで、ぶらりと遊んでいるからそう見えるのだろう。気ままに生きるのが好きなだけだ」


「拙者もそうです。人生は気ままに生きたいものです。是非ご教授下さい。よろしくお願いします」


「明石殿はお一人か?」


「そうです。だから先生と同じです。でも嫁さんは欲しいですな」


 源三郎は兵馬と話すとつい本音が出る。


 二人は知り会って間もないのだが、妙に気が合った。差しつ差されつうまい酒になった。


                       つづく

次回8回は4月10日火曜日朝10時に掲載します