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    6、空けた席

 御家人吉野は札差山戸屋に何刻に行くか思案した。結局自分の都合で決めた。逸る心のままに朝五つ半(九時)に家を出た。


 山戸屋の暖簾をくぐると、早速手代が寄って来た。


「吉野清右衛門と申す。御主人にお取次ぎ願いたい」


 手代は顔を覚えているらしく、


「お待ちくださいませ」


 直ぐに奥へ入って行った。


 戻ってくると入口続きの板敷で、屏風仕切りの間に通された。先日の個室とは大きな違いだ。


 半刻程(一時間)も待たされた。しかし、来たのは支配人の勝三であった。


「お待たせ致しました。今日はご用人様はご一緒ではないのですね?」


 無礼にもほどがある開口一番用人のことを聞く。


「いや、拙者一人だ。ご主人は?」


 腹立ちを抑えて努めて冷静に聞く。


「主人は所用で出ております。吉野様のご用は私が承ります。今日は何用でございますか?」


 骨ばったどくろのような顔でにこりともせず聞く。元締めと似た不気味さがある。


「改めて十両お借りしたい」


「それは先日の十五両をお返しいただいた上での、お話になります」


「では五両でも良い。お貸し願いたい」


「吉野様ご無理を言わないことです。先日お貸しした十五両は破格のお貸出しです。御用人はご存知のはずです」


「それはどう言う意味だ!無礼であろう!」


 気色張った顔で支配人勝三を睨みつけた。勝三の顔が一瞬に変わった。もう商人の顔では無かった。吉野はぞっとして直ぐに言葉を改めた。


「失礼致した。言い過ぎであった。改めてお願い致す。五両お貸し願えないだろうか?」


「お貸ししてまだ三日です。何があったかわかりませんが約定にありますように、不測の事態発生の時は、返金戴く決まりです。全額お返しいただきましょう」


「いや、それは出来ない。失礼致す」


 吉野は這う這うの体で札差を出て来た。


 帰り道すがら後悔をした。なぜ二分の金を出し惜しみしたのだ。返す返すも情けないと自分に腹を立てた。


 今日もめし屋は賑わっていた。源三郎が訪れたのは夕七つ半(十七時)であった。


 兵馬は来ていなかった。来れば一緒に飲みたくて、兵馬の座る隣の空いた席に座ろうとした。


「源さん!ここで一緒に飲みましょう」


 二人の先客が誘う。源三郎は誘われて嬉しくその場所へ行った。先客は意識して誘ったのである。


 兵馬の隣席は空けて置く理由があった。


 四半刻すると、兵馬の席とその隣を除いてほぼ満席になった。後から来た者は他の空いた席を見つけて座った。


 源三郎はふと奇妙に思った。そうか自分がそこに座ろうとしたからここに誘われたのだな。


 引き戸が開いて兵馬が入って来た。皆口々に、


「先生!こんばんは!」


 立って言う者、座ったまま言う者、猪口をも持って言う者、皆の歓迎ぶりがわかる。店内がぱっと明るくなったようだ。


 お静が直ぐに寄って行った。


「熱燗で頼む!後は任せる」


 特に食べたいものが無い時はお任せだった。


「はい!わかりました」


 お静は嬉しそうに調理場へ戻った。


「お静、ほっぺに何かついてるよ」


「えー!どうしよう?どこどこ?」


 頬を両手で触りながら親爺に聞く。


「大丈夫だよ!もう赤いのとれたよ。毎日会ってるのに良く赤くなるね」


「もう、いじわる!気のせいです」


「あら!お鍋噴いてますよ!」


「おっと、それは大変!なんだ噴いてないじゃないか!」


「ごめんなさい!見間違いでした」


「お静に騙されるようじゃ、わしはもうろくしたかな?」


「いいえ、五十の手習いと言うでしょ。これからです」


「たとえ違いだが、腕は未熟と言いたいのだな。わかったよ」


「そんなこと言ってません。ごめんなさい!」


「はい!熱燗あがり、持って行きなさい!」


 兵馬が飲み始めたの見て、源三郎が徳利を持って立ち上がろうとすると、若い大工風の男がその席へちゃっかっり座ってしまった。


 しばらくすると、


「ありがとうございました」


 若い大工は席を立った。目に涙を浮かべている。


 源三郎は、又も徳利を持って立ち上がった。見ると三十歳半ばの職人風の男が、そこに座って頭を下げている。


 頃合いが悪かったと座った。するとこの席へ誘った男が、


「源さん、落ち着いて飲みましょうや!いえね、あれは先生に悩みの相談をしてるんでさ」


「悩みの相談?」


「そうでやす、みんな先生の相談を待ってるんでさ」


「そうか!だから隣の席は空けてあるのか」


「源さん、気を悪くしないで下さいよ。あの日、源さんの酒を断ったのは次の相談者が待っていたんですよ」


「そうか!知らぬこととは言え、悪いことをしてしまったな」


「源さん!飲みましょうや」


 向かいの男がにっこり笑って酌をする。


 賑やかで人の心の通い合うめし屋であった。


                     つづく

次回7回は4月3日火曜日朝10時に掲載します。