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       5、倍返し

 兵馬は長屋に戻るとごろりと横になった。腹が空いて目が覚めた。あたりが薄暗くなっている。大分寝たようだ。


 自然と足はめし屋に向いた。近くまで来ると賑やかな笑い声が外まで聞こえている。ひときわ源三郎の声が大きい。


 引き戸を開けた。


「あっ、先生!お待ちしてました!」


 皆が一斉に声を上げる。源三郎はすぐさま駆け寄った。


「先生、昨日は大変ご無礼を致しました。申し訳ありません」


 源三郎は両手を前に合わせぺこりと頭を下げる。酒酔いで目の周りを赤くして熊がたぬきになったようだ。


「昨日の御仁か?元気で何よりだ」


「お許しいただけますか?」


「許すも許さないもない。失礼はこちらの方だ。今日は一緒に飲もうか?」


「先生!ありがとうございます。よろしくお願いします」


 客の皆が一斉に拍手をする。兵馬はいつもの席に座った。


「先生、まずは一杯どうぞ!」


 源三郎が湯呑になみなみと酒を入れて差し出す。


「ほほう!湯呑とは恐れ入った」


 兵馬は一気に飲み干した。


「ありがとう。さ、貴殿もやろう!」


 飲み干した湯呑に、源三郎持参の徳利を拝借し酒を満たす。


「すみません、いただきます!」


 兵馬は源三郎が一気に飲むのを見ながら、


「お静ちゃん、五合徳利、冷で頼む。それからおでんと握り飯」


「はーい!」


 お静は嬉しそうに調理場へ入って行った。


「先生、それがしは明石源三郎と申します。よろしくお願い致します」


「良い名前だ。私は神代兵馬と申す。よろしく」


 二人が酒を酌み交わし始めると、周りの客も又それぞれに語り合いながら飲み始めた。


 わいわいがやがやと賑わった。時折笑い声の混じる楽しく明るい酒場である。


 御家人吉野清右衛門は、昨夜の屈辱的な自分に腹を立てていた。


 そこへ依頼先元締めが礼金を取りに来た。


 吉野は元締めに事の次第を話し、蔵宿師は必要なかったと言う。その上で元締めへの礼金一割も、一両のみ差し出した。


 元締めの顔がみるみる蒼白に変わっていった。その時の元締めの不気味さは、吉野の呼吸を止めた。


 身体から妖気が漂い、三白眼の目が不気味に吉野を見据えていた。一刀のもと袈裟懸けに斬られる恐怖を覚えた。


 何も言い返せず、言われるまま倍返しとして差額の四両を支払った。後になって自分が情けなかった。


 労咳を患ってなければ、あんな奴恐れることは無かったと強がって後悔していた。


 しかし、吉野は剣術等この太平の世に役に立たぬと侮り、修行に励んだことは無かった。


 礼金に六両取られ、予定した金が大きく不足してしまった。明日は山戸屋に自分一人で借金に行こうと思った。


 兵馬は久しぶりに酔った。昨日の不愉快さを忘れたかったのかも知れない。


 長屋に帰るとひしゃくで飲む水のおいしいこと。続けて二杯飲んだ。そのまま倒れるように横になった。


 うとうと夢心地でいると、引き戸を小さくとんとんと叩く音がする。


「ごめん!」


 小声で訪う。


「入られい!」


 ごろりと横向きに入口を見ると元締めが入って来た。


「おや、突然の来られるとはお珍しい。どうぞ上がり下され」


 元締めは頭巾を取ると上がり框に両手をついて頭を下げた。


「昨日は誠に申し訳ないことをしてしまった。お詫びとして、これは倍返しと私の気持ちだ。お納めいただきたい」


「なんの!心配に及びません。それでわざわざ来られましたか」


「申し訳ない。私の手落ちだ。以後絶対に繰り返すことはない。今後もよろしくお願いしたい」


 差配元締めは心底詫びて帰って行った。


 半紙包みに五両の金子が入っていた。


                        つづく

次回6回は3月27日朝10時に掲載します