うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
30、どんぶりめし(最終回)
翌朝五つ刻(朝八時)、大家が訪ねて来た。丁寧なお祝いの挨拶の後、
「先生、この長屋はお二人の住まいには狭いのではと思いまして、伺いました」
「うん、確かに狭い。近々引っ越すつもりでいた。大家さんには承諾を得ずの二人住まい、すまなかったな」
「いえ、とんでもありません。それは構いません。実は
直ぐ近くに二階建て長屋が空いております。このご時世ですから、もう半年も空き屋になっております」
「それは良いね、早速だが見せて貰おうか?」
「へい、ご案内いたします」
「お静、一緒に見てみよう」
長屋は、間口二間に奥行き三間の二階建て。一階は二畳の土間に二畳の台所と六畳間、二階は6畳間に物干し台が付
いていた。
「履物はそのままでお上がり下さい」
「ずいぶんと、埃が溜まっているな」
兵馬とお静は大家に続いて見て回った。兵馬はお静に、
「どうする?」
お静はこんな広い家に住めるなんてと驚いていた。溜まった埃など気にもならなかった。しかし、家賃が高いだろうと遠慮して返事をしなかった。
大家は断られるのかと思って、
「いかがですか?この通り埃が大分溜まっております。本当のことを言いますと、半年どころかもう直ぐ1年になります。このまま空けておきますと物騒です。お祝いと言うことでお安くさせて頂きます」
「いくらだ?」
「へい、二千文ですがお祝いと言うことで千八百文とさせていただきます」
(一両=十万円=四千文、一文=二十五円)
「良いだろう。いつから住める?」
「へ、明日からでも結構です。今月の家賃は今お住まいの家賃、五百文のみで結構です」
「お静、どうする?」
お静はあまりにも高額で躊躇していると、
「気に入らないのかな?」
「いえ、とんでもありません。あまりにも贅沢で……」
「そうか、じゃ、大家、借りることにする」
「ほんとですか、ありがとうございます」
早速、新居の掃除に取りかかった。掃除が終わると直ぐ引っ越しを始めた。
半町ほどの距離しかなく、荷物が少ないこともあり一刻もかからずで終わった。二人はその日から移り住んだ。
その夜から長くて短い夜が始まった。
めし屋は祝言の翌日から、親爺の重蔵より出入り禁止にさせられた。重蔵には我が子以上の娘だった。
お静には夢のような暮らしだった。兵馬の世話をすることが嬉しくてたまらない。いつしか子を宿っていた。
冬が来て春が来て夏が過ぎた。この秋に元気な男の子を生んだ。兵馬はその子に一馬と名付けた。
その日、兵馬は道場から帰るといつもの如く身体を拭き、単衣に着替え昼飯食べ始めた。
寝てたはずの一馬が泣き出した。
「すみません!」
お静は駆け寄ると一馬を抱きかかえ、小さな乳首を含ませた。一馬はお腹が空いていたのであろう。泣き止んだ。
その時、
「ごめん!」
入口を叩く者がいる。お静は小ぶりの乳房を胸元に納め、玄関口へ出た。
「どなた様でいらっしゃいますか?」
「橘です。神代殿は御在宅ですか?」
温かい声音であった。お静の胸は早鐘のように高鳴った。何と返答すべきか……。橘に会うのは祝言以来である。
「お通ししなさい!」
兵馬の声に引き戸開けた。
「奥方お元気でしたか?ご無沙汰しております」
橘は内心大きく動揺していた。我が娘と間近に向かい合ったのである。お静は我が娘であるとは知るはずもない。
「おかげさまで元気に致しております。先だっては、過分なお祝いありがとうございました」
「いや、何の。気持ちばかりでござった」
「どうぞ、お上がり下さいませ」
幼子の時から武家娘としてしつけられたお静には、自然の言葉遣いであった。
「どうぞお座り下され」
兵馬が座布団勧める。
「おめでとうござる。この度はお子が産まれたと聞き、お祝いに参上仕った。これは心ばかりのお祝いでござる」
半紙包みの金子を差し出した。
「そんな、堅苦しいことをなさらずとも良い。それより、遠慮なさらずどんどん遊びに来て下され」
兵馬は、にっこり笑いながら金子を差し戻す。
「兵馬殿せめてもの心持です。お納め下さい。お願い申す」
橘は両手で金子を差し戻しながら、声を落とし切実に言う。お祝いの名を借りた早苗への償いと、娘の幸せ願う気持ちである。
「わかり申した。では、今日は勝手ながら私の思う通りにさせて貰います」
お静がお茶を差し出した。
「お静、橘殿から一馬の出産祝いを戴いた。お礼を申し上げなさい」
「度重なるお祝いをいただきまして、ありがとうございます」
「いや、神代殿には大変にお世話になり申した。こう言うお祝い事でもなければ気持ちの表しようがありません」
「お静、一馬を連れて来なさい」
「はい」
お静は胸が締め付けられた。実の父である。それはまだ内密の事である。心は父の胸に飛び込んで行きたかった。
「橘殿に一馬を抱いて貰いなさい」
兵馬の声にお静は、一馬を橘へそっと抱き渡した。その際、二人の手が触れた。親子の手が初めて触れた。
橘はお静の手が触れたとき、夢かと思った。嬉しくて握りしめたかったがぐっと堪えた。
「神代殿によく似ておる。かわいいのお!かわいいのお!
」
橘は一馬に頬ずりをする。その時、思いがけない兵馬の一言を聞いた。
「一馬!じいだぞ!お前のじいだぞ。おじいさんだぞ。良かったねー!」
橘とお静はびっくりして、同時に兵馬を見た。
兵馬はお静に、
「お静、お前の父上だ。改めてご挨拶申し上げなさい」
お静は突然のことにどうして良いかわからなくなった。
立ったまま、
「お静です。よろしく願い致します」
その言葉を言うのがやっとだった。身体が震えて来た。
「知っておったのか?」
橘が目を潤ませながら優しく言う。
「私が全てを話した」
兵馬が言いながら、橘から一馬を抱き上げる。
「お静、すまなかった。早苗ともどもに、大変な苦労させてしまった……それでも許してくれるのか?」
お静はこっくりと頭を下げた。
橘はお静に、申し訳なさと愛おしさに思わず抱きしめた。力いっぱいに抱きしめた。そうせずにはいられなかった。
その腕の中でお静は泣き出した。身体を震わせ、声を殺して泣いた。
橘の目の前に、野菊のかんざしがお静の身体と一緒に震えている。早苗が喜んでくれている。
『早苗ありがとう』
橘はこぼれる涙を拭こうともせずつぶやいた。
兵馬は一馬を抱いて、そっとその場を離れた。思えばお静の運んでくれたどんぶりめしが縁であった。
終わり
新作は再来週9月25日よりスタートします。ご期待に副う内容と自信を持って掲載します。
- トップ・ページ]
- 新作時代小説 片腕一刀流
- 新作人待ちおでん屋台
- 新3分連載 覚悟の失業
- 時代小説 護り屋異聞記
- 3分連載小説 心の隙間
- 3分連載小説 誤解
- 時代小説 ちんこきり
- 3分連載 マスク美人
- 3分連載 独身主義
- 時代小説 おつる
- 3分連載 不妊の幸せ
- 3分連載 素敵な人
- 3分連載 愛すればこそ 5回
- 連続3分小説 百円玉と雨 15回
- 時代小説 やぶ医者俊介
- 3分小説 1.忘れ物2,思わぬ言葉3.やさしい嘘
- 4.おいて行かないで 5 春一番 6.道案内
- 7.書きかけ手紙8出さなかった手紙9泣き笑い
- 10動いたバス停11寝たふり12意地悪な女
- 13見知ぬ方々失礼致14きつねそば15水たまり
- 16人の心17エレベーターの掟18浅はか思込
- 19思い違い20別れは紙一重21予期せぬ出来事
- 22通り雨 23やきとりの串 24主婦の溜り場
- 25聞いて良かった26鈍感な男27今為すべき事
- 28ちびた鉛筆 29駄目なのは私30春が来た
- 31言わなければ32意地の張り合い33泣くな
- 34内緒 35生きる 36諦めない 37優先席
- 38傘の忘れ物 39節操 40悔い 41黒電話
- 時代小説 がまの油売り 1〜24
- がまの油売り 25〜45終
- 時代小説 どんぶりめし
- 時代小説 人に華あり
- 時代小説 ひきょうもの
- 連続3分 あなたは恋を知らない 15回
- 連続 3分小説 偽浮浪者 15回
- 連続3分小説 食欲の飽き 15回
- 連続3分小説 人込み 15回
- 連続3分小説 すれ違い 10回
- 連載3分小説 女の幸せ 10回
- 連続3分小説 恋の終わり 10回
- 連続3分小説 女の誤算 10回
- 連続3分小説 心の花 10回
- 連続3分小説 騙し続けて欲しかった5回
- 連続3分小説 淡き想い 5回
- 連続3分小説 どこかで見た人5回
- 連続3分小説 風邪の引き合わせ 5回
- 連続3分小説 男の面目 4回
- 朝陽におむすび 40.41.42
- 朝陽におむすび 43.44.45
- プロフィール
- ブログ
- ♪お問合せ
- 護り屋異聞記 8.
- 7,夜祭り
- 8,夫婦(めおと)
- 9,商家の護り
- 10、宮本武蔵
- 11、意外な入門
- 12.胸のときめき
- 13、雨降り
- 14、片腕一刀流の真髄
- 15、酒茶漬け
- 16、水滴切り
- 覚悟の失業 1.
- 覚悟の失業 8.
- 覚悟の失業 9.
- 覚悟の失業 10.
- 覚悟の失業 11
- 覚悟の失業 12.
- 覚悟の失業 13
- 覚悟の失業 14
- 覚悟の失業 15.
- 覚悟の失業 16
- 覚悟の失業 17.
- 覚悟の失業 18
- 覚悟の失業 19.
- 覚悟の失業 20
- 17.料亭つたや
- 18.待ち人来たる
- 19.心の花
- 20.入門者
- 21.片山の改心
- 22.お菊の想い
- 人待ちおでん屋台 1.
- 人待ちおでん屋台 2.
- 人待ちおでん屋台 3
- 人待ちおでん屋台 4.
- 人待ちおでん屋台 5.
- 人待ちおでん屋台 6.
- 人待ちおでん屋台7.
- 人待ちおでん屋台 8.
- 人待ちおでん屋台 9.
- 人待ちおでん屋台 10.
- 23.成り行き
- 24、御前試合
- 25、立木打ち
- 11、人待ちおでん屋台
- 12、人待ちおでん屋台
- トップ・ページ]
- 新作時代小説 片腕一刀流
- 新作人待ちおでん屋台
- 新3分連載 覚悟の失業
- 時代小説 護り屋異聞記
- 3分連載小説 心の隙間
- 3分連載小説 誤解
- 時代小説 ちんこきり
- 3分連載 マスク美人
- 3分連載 独身主義
- 時代小説 おつる
- 3分連載 不妊の幸せ
- 3分連載 素敵な人
- 3分連載 愛すればこそ 5回
- 連続3分小説 百円玉と雨 15回
- 時代小説 やぶ医者俊介
- 3分小説 1.忘れ物2,思わぬ言葉3.やさしい嘘
- 4.おいて行かないで 5 春一番 6.道案内
- 7.書きかけ手紙8出さなかった手紙9泣き笑い
- 10動いたバス停11寝たふり12意地悪な女
- 13見知ぬ方々失礼致14きつねそば15水たまり
- 16人の心17エレベーターの掟18浅はか思込
- 19思い違い20別れは紙一重21予期せぬ出来事
- 22通り雨 23やきとりの串 24主婦の溜り場
- 25聞いて良かった26鈍感な男27今為すべき事
- 28ちびた鉛筆 29駄目なのは私30春が来た
- 31言わなければ32意地の張り合い33泣くな
- 34内緒 35生きる 36諦めない 37優先席
- 38傘の忘れ物 39節操 40悔い 41黒電話
- 時代小説 がまの油売り 1〜24
- がまの油売り 25〜45終
- 時代小説 どんぶりめし
- 時代小説 人に華あり
- 時代小説 ひきょうもの
- 連続3分 あなたは恋を知らない 15回
- 連続 3分小説 偽浮浪者 15回
- 連続3分小説 食欲の飽き 15回
- 連続3分小説 人込み 15回
- 連続3分小説 すれ違い 10回
- 連載3分小説 女の幸せ 10回
- 連続3分小説 恋の終わり 10回
- 連続3分小説 女の誤算 10回
- 連続3分小説 心の花 10回
- 連続3分小説 騙し続けて欲しかった5回
- 連続3分小説 淡き想い 5回
- 連続3分小説 どこかで見た人5回
- 連続3分小説 風邪の引き合わせ 5回
- 連続3分小説 男の面目 4回
- 朝陽におむすび 40.41.42
- 朝陽におむすび 43.44.45
- プロフィール
- ブログ
- ♪お問合せ
- 護り屋異聞記 8.
- 7,夜祭り
- 8,夫婦(めおと)
- 9,商家の護り
- 10、宮本武蔵
- 11、意外な入門
- 12.胸のときめき
- 13、雨降り
- 14、片腕一刀流の真髄
- 15、酒茶漬け
- 16、水滴切り
- 覚悟の失業 1.
- 覚悟の失業 8.
- 覚悟の失業 9.
- 覚悟の失業 10.
- 覚悟の失業 11
- 覚悟の失業 12.
- 覚悟の失業 13
- 覚悟の失業 14
- 覚悟の失業 15.
- 覚悟の失業 16
- 覚悟の失業 17.
- 覚悟の失業 18
- 覚悟の失業 19.
- 覚悟の失業 20
- 17.料亭つたや
- 18.待ち人来たる
- 19.心の花
- 20.入門者
- 21.片山の改心
- 22.お菊の想い
- 人待ちおでん屋台 1.
- 人待ちおでん屋台 2.
- 人待ちおでん屋台 3
- 人待ちおでん屋台 4.
- 人待ちおでん屋台 5.
- 人待ちおでん屋台 6.
- 人待ちおでん屋台7.
- 人待ちおでん屋台 8.
- 人待ちおでん屋台 9.
- 人待ちおでん屋台 10.
- 23.成り行き
- 24、御前試合
- 25、立木打ち
- 11、人待ちおでん屋台
- 12、人待ちおでん屋台