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      3、温もり

 鐘の音五つが鳴り終わるのを待っていたかのように、兵馬の長屋の引き戸を叩いた男がいる。頭巾をした武士である。


「ごめん!」


 潜めるような小声である。


「入られい!」


 兵馬は小さな声で答えた。


 男は中に入ると頭巾を取った。兵馬に進められるままに部屋に上がった。


 座ると挨拶も無しに、


「御家人への十五両の借用をお願いしたい。明後日、巳の刻にお越しいただきたい。いかがでござるか?」


「承知致した。伺いましょう」


「仔細はこれにござる」


 仔細は後に出す。仔細を見て断るような蔵宿師はいない。中には無茶苦茶な依頼もある。万に一つの勝ち目も無い依頼である。


 しかし、それは一般的な見方による。そこが蔵宿師の腕の見せ所である。


 差配元締めは数人の蔵宿師を抱えている。依頼先に応じ振り分ける。受けたからには命を賭してもやり遂げなければならない。


「では、五日後に参る」


 男は頭巾を被り出て行った。僅かの時間であったがいつものことである。特別な話が無い限り、全てこれまで通りである。


 雀のチチチ、チチチとさえずる声に目が覚めた。昨日は久しぶりに身体を動かした。そのせいもあり、兵馬はぐっすり寝た。


 しかし、起きるにはまだ寒いと布団にくるまっているとまた寝てしまった。


 夢かうつつか引き戸がそっと開いた。


「おはようございます」


 遠慮したような小さな声がした。お静がどんぶりめしを届けに来たのだ。上がり框にそっと置いた。


「おはよう!」


「あっ、先生!起きてらしたのですか?」


「お静ちゃんの来るのを待ってたんだよ」


「まぁ、嘘ばっかり!」


「本当だよ!待ち遠しかったよ。さ、いただくかな」


「・・・どんぶりめしのことですか?」


「そうだよ、今朝は早く起きたからお腹が空いてね。あれ?卵焼きが付いているよ」


 嬉しそうに言う。私じゃなかったの?どんぶりめしだったのね。恥ずかしい。淡い気持ちが冷めて悲しくなった。それでも気を取り直して、


「はい、親爺さんが急いで作りました。昨日はありがとうございました。あたし、怖くて身体中が震えて止まりませんでした」


「なんだ!そんな事で卵焼きを付けてくれたのか、気遣い無用。これからも何かあったらすぐに呼びに来なさい」


「ありがとうございます。先生がが起きていらしたらよろしくお伝え下さいとの事でした。改めてお礼に伺いしますと言っていました」


「必要ないと言ってくれ。この卵焼きで十分過ぎる。私はこれを食べたら出かける」


「えっ、こんなに早くにですか?」


「早くでもないが、野暮用があってね」


「どこに行かれるのですか?」


 兵馬は返事をしない。


「言えないのですね。今晩はお出でにならないのですか?」


 お静は立て続けに怒ったように聞く。


「御蔵前に行くんだよ。晩飯は食べに行くよ」


「ふーん御蔵前ね?変わったところに行くのですね」


「お店大丈夫か?」


「あっ、いけない!兵馬さんお待ちしています」


 お静は急いで駆けるように帰って行った。


 夕七つ(十六時)。春とは言えこの時間になるとまだまだ寒い。足元から冷えて来る。


 めし屋はまだ仕込みの最中だった。おでんを煮込んでいるようだ。湯気が立ち上がり良い匂いが外まで漂っている。


 今日の一番乗り客は昨日のあばれ浪人だった。調理場の前まで来て深々と頭を下げ、


「親爺、昨日はすまなかった。ちょっとつまらんことがあってな、皆に当たってしまった。勘弁してくれ」


 浪人は懐から紙包みを出し親爺の手に握らそうとする。


「これは少ないが、昨日徳利など壊してしまった。せめてのお詫び代だ。納めてくれ」


「お侍さん、いけねえよ。昨日すっかり謝ってくれた。十分でさ。今日は今日の風だ。そりゃあ引っ込めてくんな」


「いや、それでは拙者の心が済まぬ。すまんが納めてくれ!」


 二人で押し問答をしているところにお静が入って来た。


「まったく、男は子供みたいなんだから。そのお金は神棚に預かって置くわよ!」


 お静はさっと手にとり神棚に供えた。


 二人はあっけにとられたが、笑いだした。


「お侍さん!おでんでいっぱいやってくんな!わしの驕りだ!」


「いや、それはいけない!筋が違う!拙者にご馳走させてくれ!」


「あーあ、また始った」


 お静はあきれてしまった。


                     つづく

次回第4回は3月13日火曜日に掲載します