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       28、祝言の日

 五日後の夕七つ。めし屋で祝言が行われた。店の客が中心だった。賑やかな笑い声と楽しさに溢れていた。


(夕七つ=16時)


 入口は開け放たれ、店前には入りきれない7人の男が、筵(むしろ)の上に車座になり笑いながら酒と肴を楽しんでいた。


 正面に兵馬とお静が並んで座っていた。お静は何だか恥ずかしいやら落ち着かなくて、じっとしていられなかった。


 長屋のおかみ達と一緒に給仕の手伝い始めた。その都度みんなに止められ、先生のお酌をするようにと諭された。


「あたしゃ、住み始めて十五年になるけど、こんなに賑やかなことは初めてだよ。何だか浮き浮きしちゃうよ」


「お嫁に行こうってか?」


「それ良いね!誰かいないかな?良い男!」


「おいらでどうだ?」


 三十前後のがっしりした体つきの大工が即座に言う。


「ごめんだね!亭主の方が良い男だよ」


「なーんだ、のろけやがって!亭主持ちか」


「みんなそうだよ。三人ともね。残念でした」


「あれ?こないだの侍だ。知らないで来たな!」


 大工は入口へ出た。


「お侍さん、今日は祝言でお店は休みですよ」


「いや、神代殿にお祝いに来た」


 橘敬二郎だった。


「そりゃすんません。どうぞ入って下せい」


 と言い終わると大声で、


「先生!お客様です!今お連れします」


 店内は賑やかで声を張り上げないと兵馬まで届かない。


「いや、自分で行く」


 橘は酔客の間を縫うようにして兵馬の前に来た。今日は椅子等は片付けてしまい、筵を店内に敷き詰めていた。


 兵馬の前にいて挨拶をしていた職人風の男は、さっと席を譲った。


「神代殿、おめでとうございます。奥方様もおめでとうございます」


 言いながら橘はお静の視線を痛い程感じていた。


「わざわざのお運び恐縮にござる」


 互いに長々と頭を下げていた。同時に頭を上げると、橘がすかさず、


「どうぞ!」


 と目の前の徳利を差し向ける。兵馬は、


「では、遠慮なく」


 注がれた盃をぐっと一口に開け、軽く振り橘に差し出す。


「どうぞ、返杯です。お静お注ぎしなさい」


 橘は咄嗟にお静を見た。お静も橘を見た。橘は目をそらした。お静は見つめるようにして橘の盃に注いだ。


 橘はゆっくり味合うように口に注いだ。目頭が熱くなってきた。堪えた。しかし無情にも涙は勝手にこぼれだした。


「橘様、こちらへどうぞ」


 重蔵が声をかけた。橘は聞こえなかったのか、懐から袱紗に包んだままの金子を兵馬の前に出した。


「神代殿、これは心ばかりのお祝いです。幾久しいお幸せをお祈りいたします」


 少し落ち着いた橘の目に、お静の髪に差した野菊と撫子のかんざしが目に入った。


 早苗にあげたものだ。思わず声が出そうになった。重蔵は見ていた。


「どうぞ、こちらへ」


 重蔵が促すように言う。


「いや、今日はこれで失礼致す」


 お静は橘の後姿を、入口を出て見えなくなるまでじっと目で追っていた。兵馬も重蔵も気付かぬふりをした。


                        つづく

次回は9月4日火曜日朝10時に掲載します