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      27、蔵宿師

 その夜、いつもの如く元締めが訪ねて来た。怒気が顔に出ていた。珍しいことだ。


「山代屋に行って貰いたい」


 兵馬はおやっと思った。山代屋はあくどい商いをするが、大金を融通する。急遽の金策に旗本が利用していた。


「依頼人の希望だ。旗本の用人が右腕を折られ自害した。両刀を預けられ、一方的に暴力の屈辱を受けたようだ」


「いつのことです?」


「一昨日だ、相手は山代屋が雇った対談方のようだ。表立ってはいないが、同業も同じ目に合っている」


「それは捨て置けませんね」


「おぬしに頼むしかない。明日、当主松田清一郎殿の用人として同行を願いたい」


 ここで元締めは兵馬の目を注視しながら言った。


「額は五百両。用人の焼香代だ。さらに山代屋には、相応の報いを受けて貰う。よろしく願いたい」


(一両=10万円)


「承知いたした」


 兵馬は義憤に駆られていた。


「礼金は百両。これは前金の五十両。納めてくれ」


 元締めは巾着袋から五十両の包みを出し、兵馬の前に差し出した。


「松田殿にはいつもの料理茶屋に行くように言ってある。刻は昼八つにいかがかな?」(昼八つ=14時)


「承知いたした」 


 あくる日、兵馬は道場から帰るといつものごとく昼食を摂り、髪を銀杏頭に結い直し風呂敷包みを手に出て行った。 


 包みの中は紋付と袴である。料理茶屋で行きと帰りに着替える。万一を考え、住居を知られぬためであった。


 お静も昼めしを作るようになって三か月になる。髪を結い直すときは蔵宿師の仕事と理解していた。 


 料理茶屋で旗本松田と簡単な打ち合わせをすると、札差山代屋へ向かった。


 入り口に立ち大声で、


「主人に会いたい。旗本松田清一郎である」


 と名乗ると、番頭がすぐ来て両刀を預かり別室へ通した。


 程なくして山代屋善兵衛と図体のでかい男が入ってきた。


「お待たせ致しました。主の山代屋善兵衛でございます。隣は支配人の権蔵でございます」


 上目遣いにそれでも探るような目つきで、


「先日はお役に立ち申しませんで心苦しゅうございます。ご用人様には新たな担保のお話をさせていただきましたが……ご用人様は?」


「腕を折られて休んで居る。丁重なもてなしをしていただいたようだが、これが五年付き合いの山代屋の扱いかな」


「とんでもございません。ご用人様が突然お怒りになりまして、わたくしに掴みかかってこられました。それでこの権蔵が止めたのでございます」


「止めた?ほう!それで腕が折れた?さらに、顔は避けたのだろうが身体中あざだらけであった」


「それは異なことをおっしゃいます。止めただけでございます。ただ、権蔵は相撲取りあがりでございまして自然に力が入ったのかも知れません」


 権蔵は松田と兵馬を見てなめきっていた。


 痩身の二人である。刀は預かっている。武士とは名ばかりである。無作法にもぎょろりと交互に睨みつけた。


「松田様、ご用の向きは何でございますか?新たな担保でもございましたか?なければお引き取り願います。こちらは忙しゅうございます」


「山代屋、用人への詫びの一言も無いのか」


 旗本松田は静かに言った。


「自業自得と言うものですね。支配人!お二人お帰りです」


 権蔵はその言葉ににんまりして立ち上がり、兵馬の肩を掴んで帰りを促そうとした。


 瞬間その手は捻り上げられていた。権蔵はあまりの痛さにへたへたと座り込んだ。


「離せ!このやろう!」


「そうか、離してやろう」


 その腕をぐるりと大きく回して離した。ぐきっと不気味な音がした。肩の関節が外れた。


 それでも権蔵は兵馬に体当たりをして行った。兵馬はさっと躱すと足を払った。


 どでんと大きな音と共に家が揺れた。元相撲取りの図体はでかい。


 起き上がろうとするが片腕が利かないので起き上がれない。兵馬は馬乗りになる。


「おい!さっき大分睨みつけていたようだがどっちの目だ。睨みやすいように向きを変えてやろう」


 指を目の中に入れようとする。


「待ってくれ!お願いだ!待って下さい!」


「山代屋どうする?用人への扱いは自然に力が入り過ぎたと言うが、お前が変わるか?」


「滅相もございません!ご用人様の治療代は出させていただきます。どうかご勘弁を……」


「用人は狼藉されたことを恥じて自害した」


「なんと,そんな……」


 山代屋は絶句した。その場に座り直し、床に、頭を擦りつけぬばかりにして、


「申し訳ありません!償いはいかようにもさせて頂きます。申し訳ありません」


 山代屋は身体ごとわなわなと震え出した。この男にも良心の呵責があったのだろう。


「用人には妻や子がいる。どう償う気だ」


「ご用人様に代わりまして、せめて今後の生活費は出させていただきます」


「そうか、では千両出せ」


「そ、そ、それは無茶苦茶な額です」


「無茶苦茶?ほう?無茶苦茶ね。では用人の受けた恥辱を受けて貰おう」


 兵馬と松田が立ち上がった。


「お許し下さい!お支払いします。お許し下さい!」


「じゃ、ここに一筆書け。用人様の香典とお詫び料として千両お支払いしますと」


 千両箱は目立つので、布袋に五百両ずつ二つに分けて入れさせた。


 小料理屋に着くと松田は両手を付いて礼を言う。


「神代殿、誠にかたじけのうござった。まさかに千両とは。半分の五百両は神代殿がお持ち下さい」


「いや、私は礼金のみで良い。ではその五百両は御用人のご家族へお渡し下され」


 小料理屋を二人は後にした。兵馬は途中でお静の好きな団子を土産に買った。


                        つづく

次回は8月29日火曜日朝10時に掲載します