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      26、祝言

「お静ちゃん、ずっと好きだったよ」


 お静はこの世で一番の幸せと思った。嬉しさと幸せで心は弾むようだった。しかし、一抹の不安もあった。


「先生はお侍さまです。本当に私で良いのですか?」


 兵馬は浪人と言えども武士である。何か難しいことが起きなければと思った。


「お静ちゃん、そんなことを心配していたのか。私は武士ではない。扶持を貰ってるわけではない。浪人者だ」


「……」


「それに、仕官をする気もない。又、その口もない。逆にお静ちゃんには苦労をかけるかも知れない」


 兵馬の言葉は穏やかだが、心に決意を込めて言った。


 お静は起き上がり、襦袢の襟をあわせ、居住まいを整えると両手をつき、


「どうぞよろしくお願い致します……」


 後は言葉にならなかった。両肩が震えていた。嬉し過ぎて悲しみに近い気持になった。涙がこぼれて来た。


「こちらこそよろしく頼む」


 とお静の両手を取ってしっかり握りしめた。そして、にっこり笑い、


「お静ちゃんこれからのことがある、親爺さんの所に話に行って来る。お静ちゃんも一緒に行こう」


 そう言った時、兵馬は身体中の汗だくに気付いた。初秋とは言え、身体の思うままに動いた後である。


「水を浴びて来る!」


 兵馬は井戸端へ出て行った。


 お静も身体が汗で濡れていた。兵馬に抱かれたことを思い出し、頬がみるみるうちに赤くほてってきた。


 立ち上がると汲み置きの水をたらいに取り、手拭いを絞った。片肌づつ肌脱ぎになり、そっと肌を拭き始めた。


 めし屋では親爺が仕込みに精を出していた。


「ごめん!失礼致す」


「あっ、先生!お早いですね。どうぞお掛け下さい」


 後ろにお静が控えている。いつもと様子が違う。


「先生!お静が何か粗相でもいたしましたか?」


 親爺は心配そうに聞く。


「いや、親爺さんに話して置きたいことがある」


「ま、どうぞお掛け下さい」


「このままで良い。突然だがお静ちゃんを妻にした。叔父である重蔵殿にはご承知願いたい」


 単刀直入である。ここには蔵宿師としての兵馬はいない。なんとも不器用な物言いである。


 親爺の重蔵はお静の唯一の身内である。れっきとした叔父である。通常なら怒り出しても良いだろう。


「お静は承知ですか?」


「承知してくれた」


「それでは何も言うことはありません。願ってもないことです。こちらからお願いしたいところでした」


 重蔵は心からそうなることを願っていた。元は武士。だから武士に嫁がせたいと思っていたわけではない。


 兵馬の人柄に魅せられていた。侍でありながら少しも尊大でなく誰彼なく気楽に話、相談にも乗っていた。


 人柄の良さは皆の知るところであり、誰にも好かれ尊敬されていた。さらに剣は凄腕であり全てに申し分なかった。


「先生、ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します。お静良かったな!」


 なんと今度は重蔵がすすり泣きを始めた。お静ももらい泣きを始めた。兵馬はどうしていいかわからなかった。


 二人は暫く泣くと落ち着いた。重蔵が思い出したように言う。


「先生、祝言をやりましょう。この店でいかがでしょう?」


「それは良い考えだ。よろしく頼む。お静ちゃん良いね」


「はい!でも先生、お静ちゃんと呼ぶのは止めて下さい。お静と呼び捨てにして下さい」


「うん、そうだったな。妻にちゃん付けはないね。それでは……お静!」


「はい!」


 即座にお静の返事が返ってきた。重蔵が嬉しそうに笑っている。


「先生!冷でやりましょう」


 いつの間に用意したのか、重蔵が五合徳利と湯呑を差し出した。めし屋は幸せに満ちていた。


                        つづく

次回は8月21日火曜日朝10時に掲載いたします