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     25、運命

 「あら、お客様?いらっしゃいませ」


 忘れもしないお静の声、


「お茶も入れずにすみません。今お持ちします」


「あっ、良いんだ。今お帰りになるところだ」


 重蔵は慌てた。橘は振り返れなかった。胸が愛しさとせつなさで痛いほどだった。我が娘である。


 前に廻ったお静が、


「あら、一昨日のお武家さん。こんにちは!」


「大事なお話があってお出でになられた。もう用はお済になった」


 重蔵はお静の言葉を遮るように言い、橘に向かって、


「その節はこちらからお伺い致します」


「長居をした。失礼致す」


 橘はやっと言葉にした。立ち上がりながらお静を見た。見つめるつもりはなかったが見つめてしまった。


 二十年前の早苗がそこにいた。我が娘だ。胸は張り裂けぬばかりである。声が出ない。


「どうかしました?」


 お静は潤んだような優しい目で見つめられ、目のやり場に困った。


「お元気かな?」


 絞り出すように言った。


「元気ですよ。私の取り柄です」


 武家をとりなすようににっこり笑いながら言う。


「それは良かった……。達者でな」


 思いに満ちた言葉は紋切調になった。


「はい、お武家様も」


 橘が出て行くと、


「叔父さんどうしたの?何かしんみりして。悪いお話し?」


 お静は何故かわからないが心が騒いだ。


「何でもない。もうすぐ客が来る、支度頼むよ」


 いつもはそんなことを言ったことがない。何か変だ。


 入口を掃き清め塩を盛っていると客が入って来た。


「お静ちゃん!腹減った。めしくれ!」


 めし屋の始まりだ。今日も立て込んだ。兵馬はいつもの如く客の相談に乗っていた。お静に話す機会は無かった。


 次の日、少し早めに兵馬の長屋へ行った。武家のことが気になりどうしても聞きたかった。


 昼食を終えお茶を出しながら、


「先生、こないだ一緒に来られたお武家さん、どういう方なんですか?」


「どうかしたか?」


「いえ、昨日お一人でお出でになられたから……」


「道場での知り合いだ」


「親爺さんとも知り合いのようでした」


「そうか、何か訊かれたか?」


「元気かな?ですって、先日お会いしたばかりなのに……お話し中のそばに行くと、直ぐにお帰りになりました」


「店を開ける時間だから気を利かせたのだろう」


「えっ、どうしてご存知ですか?」


「あっ、いや、夜は一緒ではなかったから、多分そうだろうと思って」


「変ですね。何か隠していませんか?親爺さんも昨日は何か変でした」


「今日は疲れた。少し横になる」


 兵馬はごろりと横になり手枕をした。お静は直ぐに枕を用意した。


「ありがとう。眠るね」


「何か隠しているでしょう?話して下さい」


 兵馬に顔を寄せて訊く。お静の匂いが顔に寄せた。兵馬はせつなく堪らなくなった。お静を抱きしめた。そして、何か言おうとする口を吸った。


 お静はされるがままにじっとしていた。二人は一つになった。お静の目から涙がこぼれていた。


 いつかそうなるとお静は思っていた。嬉しかった。もう訊きたいことなどどうでも良かった。


 兵馬は自分が信じられなかった。それほどお静が愛おしかった。せつなくてせつなくて抱きしめずにはいられなかった。


「お静ちゃん。妻になってくれないか?」


 お静は声を押さえて泣き出した。泣きながら、


「はい」


 小さな声だがはっきり言った。


                        つづく

次回は8月14日火曜日朝10時に掲載します