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     24、告白

「いや、何でもない。店を覗いて行った男がいたから、客かなと思ってな」


「何だそうなの。支度始めますね」


 気にも留めないお静の返事だった。重蔵はほっとした。里芋の皮をむきながら、お静の不憫さ思うと涙がこぼれてきた。


 橘は次の日、兵馬の稽古終わり時間を見計らい道場を訪ねた。


「先日は大変お世話になり申した。ありがとうござった。お礼申し上げる」


 橘は両手を付いて丁寧にお礼を言う。


「お役に立ちましたか?何だかただ事ではないご様子でしたが……」


「はい、母親の早苗に瓜二つでした。早苗を見ているような錯覚をしました」


 橘は不思議なことを体験した。お静を見た瞬間、なぜか涙が込み上がって来た。ぽろぽろと自分の意思に関係なく涙がこぼれた。


「神代殿、もう一度お聞きするが早苗の長屋に行っていただいた時、入れ違いに出て行った娘とはめし屋の娘に相違ござらぬか?」


「後ろ姿であったが間違いござらぬ。めし屋のお静であった。それは本人にも確認しています」


「重ねてお聞きしたご無礼ご容赦下され」


「その翌々日に早苗殿はお亡くなりになったようだ。あの金子で薬は買えたものをと悔やまれます」


「いや、それは承知だったと思う。早苗はそういう女です。だから返すよりお静に残そうと思い直したのでしょう」


「これからどうなさるおつもりですか?」


「実は昨日の昼間、めし屋を訪ねました。訪ねて驚いたことに、店の親爺が早苗の兄重蔵でした。重蔵は早苗と出会うきっかけでした。今日もこれから訪ねるつもりです」


「それなら夕7つを過ぎてから行かれたら良い。朝が早いから昼八つ半まで寝るようです。それから買い出し。帰るのが夕7つです」


「ほう!詳しいですね」


「ははは、昼に腹が減って食べに行くと、何度か閉まっていてがっかりしましたからね」


 (夕7つ=16時 昼8つ半=15時)


 夕7つを4半刻過ぎて、めし屋の前に橘は来た。入口は開け放たれていた。重蔵がなにやら調理中である。


「ごめん!」


 一言声をかけ中へ入って行く。重蔵が出て来た。


「重蔵殿、忙しい所すまない。少しだけ話をさせてくれ」


「まあ、おかけなせえ。私も話があります」


 重蔵は町人言葉を交えて話す。便利な使い分けだ。


「昨日は突然とは言え失礼を致した。つい声を荒げてしまって申し訳ない」


「いえ、こちらこそ取り乱してすみません」


「早苗には死しても償えない苦しみをさせてしまった。重蔵殿のお怒りには心中を刺された思いです。この通りでござる」


 橘は土間に座り直し頭を地面に擦り付けぬばかりに下げる。文字通りの土下座である。侍の土下座は死に価する。


「とんでもありません!どうぞお座り下さい」


 重蔵は橘の両手を取り無理無理に座って貰う。


「昨日は言葉が過ぎました。こちらこそお詫びします」


 一呼吸おいて重蔵は言葉を続ける。


「私も同じ立場ならそうしたでしょう。お家大事です。武士なら当たり前のことです。わかっていながら情けない」


「重蔵殿……」


 橘は絶句した。早苗の顔が浮かぶ。込み上げてくるものを堪えた。


「橘殿、お静は橘殿の子です。早苗は、生涯橘殿を想いつめていました。一時は気が狂わんばかりでした」


「死を覚悟していたようです。それを踏みとどめさせたのはお腹の子です。お静です」


 重蔵は目に涙を浮かべていた。当時を思い出したのだろう。


 橘は目からボロボロ涙をこぼしていた。叫びたかった。


『早苗…、早苗…、早苗……すまない!』


 心の中で何度も呼びかけた。目の前の重蔵は見えなくなっていた。


 二人は互いの顔を見ないようにしながら、早苗のことを思い浮かべていた。


「重蔵殿、良くぞお話下された。かたじけない」


 橘の脳裏に早苗のにっこり笑った顔が浮かんだ。


「橘殿、お願いがあります。お静には伏せて頂きたいのです。お静には今好きな相手がいます。それがわかると壊れるでしょう」


 重蔵にはわかっていたのである。


「そっと幸せになるのを見守って上げたいのです」


「わかりました。しかし、重蔵殿、私に出来る事はないだろうか?せめて少しでもお静の役に立ちたい」


「今はありませんが、いずれお願いすることもあるでしょう。ただ、店には暫く顔を出さないで頂きたいのです」


「何かわけがあるのだろう。承知致した」


 そこへお静が入って来た。


                                つづく

次回は8月7日火曜日朝10時に掲載します