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    2、旨い酒

 お静は男の手を振り切り、親爺の頭を抱えるようにしながら大声で、


「親爺さん!親爺さん!」


 金切り声で必死に呼びかける。男は無情にもその親爺の顔に徳利の酒を浴びせた。


「何をするんです!鬼!」


 親爺は目を開けた。朦朧としているようだが気丈にも起き上がろうとする。


「良かった!じっとしてて」


 着物の合わせから手拭いを出すと親爺の顔をそっと拭きだした。


「おい、酒を持って来い!空だ!」


 徳利を振りながら男は言う。


「ちくしょう!」


 客の一人が掴みかかって行った。男はさっと躱し、頭の上にげんこつをくれた。客は頭を押さえその場にしゃがみこんだ。


「酒だ!酒を持って来い!」


 近くの客が自分の徳利を差し出す。男は奪うように取り上げ徳利から直に飲み始めた。


「おい!女!親爺は気がついた。酒を持って来い!」


「誰があんたなんかに!飲ます酒はありません!」


「何だあ!もう一回言ってみろ!」


 男はお静に近寄って行く。その時、別の客が後ろから男にしがみついた。


 男は振り向きざま客の頭を殴った。客は殴られても離れない。男は続けて殴った。


「止めろ!」


 兵馬が入って来た。


「あっ!先生!」


 皆がどよめいた。


「若造!よく来たな。さっきのお礼をしてやる。表に出ろ!」


 男は黒鞘の大刀を手にした。


 安普請のめし屋は、天井が低く立ち回りは難しい.咄嗟に判断するとは余程の腕利きかも知れない。


 兵馬は引き戸の横に立てかけてあった、四尺ほどのつっかい棒を手にして表に出た。(一尺=三十センチ)


(つっかい棒=引き戸の戸締りに立てかけて使う棒)


「ほう、そんなもので相手をする気か?」


 男はなめられたと思いさらに怒りが増した。


 客達も男に少し遅れて続くように表に出た。外はもう暗い。めしやの薄明りのみである。


 男はしまったと思った。灯りを背にしてしまった。兵馬の輪郭しか見えない。


 兵馬は右手につっかい棒を下段に下げるように持った。


 男は構えることも無く、いきなり抜きながら上段より斬り下げた。居合である。しゅっと空気を切り裂く音がした。


 同時にびしっと鈍い音がした。


 男はうっと呻き声を上げたが、そのまま兵馬の動きを目で追った。直ぐに激痛が襲って来た。


 兵馬の棒は男の右腹を打ち据え、そのまま上に抜き上げ向き直った。


 男と兵馬の位置は入れ替わっていた。兵馬は灯りを背にし、上段に構えていた。


 男は兵馬の二の太刀を恐れ恐怖に慄いた。


「待った!参った!待ってくれ!」


 男は片手を上げ必死に叫ぶ。


 それを見た客達は喝采し、胸のすく思いをした。


 男に先程までの威勢は微塵もない。右腹の痛みに堪えながらよろよろと立ち去ろうとした。


「おい!飲み代置いて行け!」


 兵馬の静かな一言に男は巾着袋ごと差し出した。


「置いて来い!」


 男に先程の威勢は見る影もなく、しょげ切った姿で店に入って行った。


「さっきはすまなかった」


 男は親爺に巾着袋を差し出した。


 親爺はそれを受け取らず、


「お侍さん、そこに座んなせえ!」


「親爺すまなかった。謝る。この通りだ受け取ってくれ」


 男は両手をつき弱々しく言う。


「さ、飲みなせえ!今日は虫の居所が悪かったんでしょう」


 親爺は湯呑になみなみと酒を入れて出した。


 男は急に胸が詰まって来た。さっきの親父に対する酷い仕打ちにも拘わらずこの情け。


 湯呑の酒が喉を通らぬ。肩を震わせながら涙を堪えた。この男、案外情に脆いのかも知れない。


 それを見た常連客達は、次々に徳利持参で酒を注ぎに来た。


「お侍さん、仲良くやりましょうや!」


「雨降って地固まるだ。今日はぱーっと行きましょうや」


 めし屋はいつも以上に明るく賑わった。旨い酒だ。


「あれー!先生がいないぞ!」


「良いんだよ、先生は。忙しいんだよ!」


「これか?」


 客の一人が小指を立てる。聞いてたお静が、


「そんなことありません!変なこと言うなら帰って貰いますよ」


「おー、怖!冗談だよ。へへへ」


 兵馬が帰ったにはわけがあった。戌の刻に人が訪ねて来る。そんな日が月に五日程あった。


(戌の刻=宵五つ=二十時)


                        つづく

次回第3回は3月6日朝10時に掲載します