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        18、後悔

 兵馬はふと目が覚めた。腕が重い。見るとお静がその手を両手で合わせるようにつかんでいる。


 お静は兵馬の身体に寄り添うように、横向きにすやすやと寝ている。


 思い出した。束ねた髪が邪魔にならないように、枕代わりと手枕をしてあげたのである。


 お静を起こさないようにその左腕をそーっと少しずつ回した。どのくらい眠ったか腕は少し痺れていた。


 起こしてはならないと顔を見ながら気を配った。目を閉じた顔を見ているうちに胸がせつなくなってきた。


 生まれた時から父を知らず。さらに母を亡くした。それはおくびにも出さず、けなげに明るくふるまっている。


 兵馬はお静へのせつなさがいつしか愛に変わっていた。しかし、歳の差もあり心を抑えていた。お静の気持ちも薄々わかっていた。


 安心しきったお静の寝顔、その寝息は若草のようで香しく兵馬の抑えは利かなくなった。


 兵馬は顔を寄せていった。そっと唇を合わせた。お静の呼吸が止まった。


 お静は目を開けた。何が起きているのかわからなかった。瞬間すぐにわかった。兵馬が口づけをしている。


 嬉しかった。でもどうしていいのかわからなく、じっとしていた。


 お静が目を覚ましたと知ると、兵馬はその口を吸った。そして、両手を回しお静を抱きしめた。


 お静の身体から甘いような匂いが漂ってきた。兵馬はその匂いに魅惑された。か細い身体をさらに抱きしめた。


 お静は身体が折れそうなくらい強く抱きしめられ「あぁ」と小さく声を上げた。


 その息を兵馬は吸い込んだ。強い口づけに変わった。お静は吸われたままどうしていいかわからなかった。


 兵馬は自身の身体が熱く高まっているのを覚えた。同時にはっとした。お静を見た。その瞼が小刻みに震えていた。


 そうか我慢をしているのか、


「ごめんね」


 兵馬は抱いた手をはずし、突然上半身を起こした。お静はどうしたの?と思った。そのまま続けて欲しかった。


「ごめんね」


 兵馬はもう一度言った。お静にはなぜ謝られるのか解せなかった。返事のしようがない。


 二人に沈黙が続いた。先にお静が口を開いた。


「そろそろお店に行きます」


 お静は立ち上がると着物を整えて出て行った。


 兵馬はやるせない気持ちでいっぱいだった。


 なんて馬鹿なことをしたのだろう。思い違いをしていた。お静の気持ちもわからないでと後悔した。


 暮れ六つの鐘が鳴った。兵馬は仰向けに寝ていた。天井裏を見るでもなく眺めている。まだ後悔していた。


 めし屋に行こうか行くまいかと迷った。しかし、無性にお静に会いたくなった。胸が張り裂けそうだ。


 すくっと立ち上がり、めし屋に行った。ためらいながらもいつもの席に座った。お静が来た。


「お任せで良いですか?」


 にこりともしない。いつもなら何かと話しかけていくのに、それだけで調理場へ戻っていった。


 兵馬は来なければ良かったと後悔した。


「お静ちゃん!お酒!」


 徳利を調理場へ向けて客が左右に振る。


「はーい!今行きまーす」


 お静は燗徳利を客のところへ持って行く。


「おいらも一本頼む。それといかの塩辛」


「お静ちゃん!今日はどうかしたか?元気ないな!」


 他の客が次々に声をかける。確かにいつもの明るいお静ではなかった。


 お静は落ち込んでいた。私の何がいけなかったのだろう。ごめんねと先生はなぜ謝ったのだろう。


 じっとしたままだったから?私どうしていいかわからないの。先生が好きだからじっとしていたの。


 生まれて初めての口づけだった。胸の音がどきどきと張り裂けそうだった。手を当ててこらえていたの。


 先生はごめんねと言って、後は黙ってしまった。お静はそのことを、限りなく考え込んでしまった。


 兵馬は晩飯の後、一本の徳利だけで帰って行った。心は悲しかった。お静はいつもと違った。怒っているように見えた。


 ごめんね。寝ていることを良いことに、口づけをしてしまった。取り返しのつかないことをした。


 それだけではない。口づけをしてもじっとしているから、力いっぱい抱きしめた。私は嫌な男だ。自分に嫌悪した。


 次の日の朝、お静はいつも通りにどんぶりめしを置いて行った。兵馬は少し安心した。


 昨日、あのようなことをしなければ、昼飯はお静が作りに来てくれたものをと又後悔した。


 番長道場で指南を終えての帰り、途中で団子を買った。昼飯代わりにするつもりだった。


 長屋に着いて引き戸を開けた。


「お帰りなさい!」


 中から明るいお静の声がした。


「お腹空いたでしょう!すぐお食事になさいますか?」


 兵馬の心はなぜと思うより、うれしさに満ちた。世の中がぱっと明るく輝いた。


                       つづく

次回は6月26日朝10時に掲載します