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                        17、いびき

 いつものことで、そっと引き戸を開けて見た。草履が脱いである。


 急に嬉しくなった。同時に部屋の中をを見ると兵馬が寝ている。思わず声をかけようとして止めた。


 起こしてはいけないと遠慮した。手枕で横向きに寝ている。そっと閉めようとすると、


「お静ちゃん、何か用か?」


「あっ、先生!お気付きでしたか」


「腹が減ってね。動けないんだよ」


「また御冗談を」


「いや本当だ、話すのも辛いくらいだ。朝のどんぶりめしを食べただけだ」


「あら、お昼は食べていらっしゃらないのですか?」


「食べる物が何もないからね」


「お米はありますか?」


「多分少しあると思う。しかし、炊いてもおかずが無い。面倒だからめし屋が開くまで寝ることにした」


「あら、お可哀そう!直ぐご用意しますね」


 お静は今日の兵馬をなんだか身近に感じた。ずっと年下であるが姉のような気持になった。


 手際が良い。おかまが蒸らしに入ると、お静は自分の長屋まで味噌や干物を取りに走った。


「うまい!お代わり!」


 兵馬は三杯目のお代わりである。めざしを頭からがぶりと食べ、みそ汁を片手でズズっとすする。


 それでもお静には兵馬が品よく映る。その様子を嬉しそうに見ていた。そして、頃合いを見てお茶を出した。


「ありがとう!おいしかった。お腹いっぱいだ」


 お茶をすすりながら嬉しそうに言う。


「例の事で来たのだろう?今調べている。もう少し待ってくれ」


 兵馬はわかっていたのだ。


「はい、よろしくお願いします」


 お静は神妙な顔になって言う。


 兵馬はお腹がいっぱいになり眠くなってきた。


「少し寝る」


 言いながらその場にごろりと横になった。


「えっ!先生、今まで眠っていたでしょう?」


「いや、横になっていただけだ。腹が空いて我慢していたのだよ。動くと益々腹が減るからね」


「先生、私、明日からお昼を作りに来ます」


 お静は兵馬の顔色を窺うように言う。


「それはありがたいね。良いのか?」


 まさかの答えが返って来た。


「はい、夕七つ過ぎまでにお店に入れば良いのです」


 そんな事を聞いているのではない。親爺が許すのかと聞いたつもりだが、兵馬は聞き返さなかった。


 お静は食事の後かたずけを始めた。ふと兵馬を見ると、もう小さくいびきをかき始めていた。子供みたいと思った。


 井戸端にはまだ夕飯には早過ぎるのか誰もいなかった。なぜかほっとした。


 片付けと洗い物も終わり帰ろうと兵馬を見ると、もういびきはしてない。すやすやと眠っている。


 このまま黙って帰るのが良いと思いながら、一方で声をかけて貰いたい自分がいた。


 そっと兵馬のそばに行き顔を覗き込むようにして、しげしげと眺めた。お静は胸がどきどきして来た。


「お静ちゃん!どうした?」


 兵馬がふと目を開けた。お静は何だかきまりが悪かった。


「もう、帰りますね」


 繕うように言った。


「そんな時間になるのかな?」


「いえ、お店にはまだ一刻近い時間があります」


「そうか、じゃ、それまでここで休んで行きなさい」


 兵馬は片手で畳を軽く叩いた。


「昼寝も良いものだよ。ほら!」


 兵馬にはお静はまだ子供のような気持でしかなかった。兵馬は今年二十九歳、お静は二十歳である。


「はい!」


 嬉しそうに返事して隣に横になった。お静は子供扱いにしてと少し腹が立ったが、胸は早鐘のように高鳴っていた。


「はい、手枕だ。頭を乗せて」


 兵馬は自然のように左腕を出した。お静は喜んでその腕を枕にした。単衣の袖から男の匂いがした。


 お静はその腕から胸の動悸を悟られないようにと懸命に両手で胸を押さえた。しかし、それは杞憂だった。


 兵馬は小さくいびきをかき始めた。お静も疲れていたのであろう。いつの間にか眠ってしまった。


                        つづく

次回は6月19日火曜日朝10時に掲載します