Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

   16、精緻な技

 答えた方を見た。年の頃は二十歳前後。若い。この歳で道場の上位に位置するとは天賦の才があるのだろう。


 五人は橘を先頭に序列の逆から並んだ。


 橘は兵馬の前に進み深々と礼をして、


「橘誠一郎です。ご指南仕ります」


 さっと正眼に構えた。兵馬はなぜか右下段に構えた。


 兵馬に隙は微塵もないが、橘は兵馬の左脇腹に太刀筋を見た。


 橘は瞬間、兵馬の左脇腹を飛び去るように抜き走った。切れたと思った。しかし木刀は空を切り裂いていた。


 その頭上に兵馬の木刀が寸止めされていた。兵馬は右回りに躱しながら木刀を橘の頭上に落としたのである。

 

 兵馬の動きは橘には早過ぎて見えなかった。距離を持って見る道場生にはかろうじて見えた。


 一刀流の極みであった。無駄な動きが無い。精緻に計算された動きであった。


 続いての四人も全て一手で終わった。道場生は唖然とし声を無くした。道場は静寂した。


 その静寂を破るかのように、村松師範代が声を上げた。


「兵馬殿の一刀流を拝見致し、番町一刀流と源流は同じと確信した。心して指南を受けて貰いたい」


「それでは、各々それぞれに対手を変えて練習をしなさい。私と神代殿が指南をして回る。始め!」


 道場生は兵馬の太刀筋に大きな刺激を受けた。道場は喧騒のようになった。


 鋭い気合と木刀の打ち合う音。騒然として活気に満ちた。


 その中を兵馬は指南して回った。半刻が過ぎた。


 (半刻=一時間)


「止め!」


 村松の声が掛かった。


「これより休息とする」


 道場生はそれぞれに休息に入った。


 その時兵馬は、橘と対手の指南をしていた。休息の声を聞き、


「橘君、少し待ちなさい!」


 兵馬は呼び止めた。


「はい!」


 橘は尊敬の眼差しで答えた。


「つかぬことを聞くが、父上の名は何と言われるか?」


「敬二郎と申します」


 兵馬は一瞬はっとして、驚きの顔をした。


「御存じでいらっしゃいますか?」


「いや、失礼した。珍しい苗字だから、以前お世話になった剣仲間かも知れないと思ってな」


 兵馬は敬二郎の名を聞いて驚いた。しかし、知らぬふりをした。


「そうですか?残念です。父も一刀流を学びまして、もしやお知り合いであればと思いました」


「父上はかなりの遣い手でおられよう」


「そうではありませんが、御師範の直弟子で皆伝をいただいております。村松師範代の兄弟子になります」


「やはりそうか、血は争えぬものだ。橘君の剣は太刀筋が良い」


「ありがとうございます。私の住まいは番町1丁目です。今度是非お立ち寄り下さい。父も喜ぶと思います」


 この後兵馬は用意された部屋で少しの休憩を入れ、その後再び半刻の指南をした。午の刻の鐘を合図に終えた。


(午の刻=十二時)


 村松師範代は兵馬の精緻な技に驚嘆した。御師範が快復するまでは是非ともお願いしますと重ねて指南を依頼した。


 道場生は午前で帰宅する。午後は自由鍛錬となり夕七つ(午後四時)まで道場は開放された。


 兵馬は長屋に帰ると腹が空いてならなかった。めしを炊くのは面倒だ。水をがぶ飲みした。夕七つ半が待ち遠しい。


(夕七つ半=午後五時)


 単衣に着替えるとごろりと横になった。久しぶりに疲れた。空きっ腹も睡魔には勝てなかった。


 それから半刻ほどした時、引き戸をそっと叩く者がいる。


「先生、お帰りですか?」


 お静の抑え気味の声だった。 


                       つづく

次回は6月12日火曜日朝10時に掲載します