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   15、意外な糸口

 お静はどうしたら良いか迷っている。今店に戻って行けば、折角間違えられたのが台無しになる。


 間違えられた嬉しさを壊したくなかった。迷ってもじもじしていると、


「お静ちゃん、すまないが遠くから迎えに来てくれたのだ。お茶を出してもらえないか?」


 兵馬は人を待たせているのに急ぐでもなくゆっくりとめしを食べている。


 今朝は珍しくお茶を飲んでいたらしく、鉄瓶のお湯はまだ温かい。お静は慣れたもので直ぐに沸かした。


 兵馬の前と上がり框にお茶を用意し、引き戸を開け、


「関口様、お茶が入りました。どうぞお入り下さい」


「いや、お構いなく下さい」


「いえ、どうぞお座り下さい」


 なかなかの応対ぶりである。


「それでは遠慮なく頂戴致します」


 関口がお静を奥方と認識するのは自然のことであった。


 まだ朝五つ(八時)を過ぎたばかり、この朝早くに一緒に居て朝食の最中である。


 お静は困った。店に戻ると言えない。折角奥方に間違えられたのだからこのままでいたい。しかし、言葉が無い。


「それでは行って来ます」


 兵馬はその言葉にうん?と思ったが、


「親爺さんによろしく言ってくれ」


「関口様、失礼致します」


 お静は、昨日のどんぶりは持たず手ぶらで出て行った。夢を壊したくなかった。


「お気を付け下さい」


 関口は立ち上がり頭を下げた。綺麗な人だ。朝早くのお出かけは少し気になったが、失礼になると聞かなかった。


 そのまま閉められた引き戸をじっと見つめていた。その思いを破るように、


「関口殿、お待たせ致した。参ろうか!」


「はい、ご案内致します。綺麗な奥方様ですね」


「いやなに、そんなことはない」


 兵馬はなぜか照れた。もういまさら妻ではないと言えなくなっていた。


 道場は番町の武家屋敷の中にあった。近隣に掛け声と木刀の打ち合う音が聞こえていた。


「先生!あそこです。私は先に知らせて参ります」


 関口は先に走り出した。


 道場に着くと村松師範代理が待っていた。番町一刀流と看板が架かっている。


「神代殿御足労お掛け致しました。どうぞお入り下さい」


 玄関を入ると右脇に廊下が真っ直ぐ続いていた。道場の真横の廊下である。掛け声と木刀の打ち合う音が聞こえる。


「どうぞ、これからはこの部屋をお使い下さい。それから稽古着を用意させていただきました。お使いの後はここに脱ぎ置き下さい」


 村松は遠慮するかのように部屋を出た。


 着替え終えた時、関口がお茶を運んで来た。続いて村松が入って来た。


 飲み終えると村松は道場に案内した。


「止め!」


 村松は一喝すると中央に兵馬と並んで立った。道場内はピタッと音が消えた。


「本日より御師範の病状回復まで、皆の指南をご協力いただきます。神代兵馬殿です」


「神代兵馬です。どうぞよろしくお願い致します」


「神代殿は、番町一刀流と始祖を同じくする、心身一刀流です。免許皆伝でおられる」


「それでは神代殿、早速ご指南をお願い致します。諏訪、棚村、柳瀬、小宮山、大岩、以上の者前に出なさい。後の者は見学とする」


 道場上手右側に兵馬は立つ。左壁側に5人が控えた。道場の上位者だ。指南と言うが腕試しと言って良いだろう。


「同じ一刀流です。日頃の稽古のつもりで存分に打ち込んで来て下さい。遠慮は無用です。幸い手も足も二本づつあり、代替えが利きます」


 道場生はどっと笑った。緊張が少し解れたようだ。早速一番手の諏訪立ち上がった。


「大岩一之進です。ご指南仕ります」


 大岩は正眼に構えた。兵馬も正眼に構えた。一刀流の構えは正眼だ。指南と言うが試合と同じ空気が漂った。


 諏訪は動けない。打ち込めば一閃を浴びる気がした。固まったように身じろぎも出来ない。


「大岩!打ち込め!」


 村松師範代の一喝に、大岩は木刀を上段にすり上げ振り下ろした。


 その瞬間、大岩の後ろ首筋に兵馬の木刀が寸止めされていた。大岩には兵馬の動きが全く見えなかった。


 一刀流は剣を剣で受けない。大岩は次の手どころかそのまま動けない。桁違いの段位差だ。


 村松は驚嘆した。これほどの腕前とは思わなかった。身震いした。


「何を勘違いしている!試合ではない!指南を願うのだ。思い切って打ち込め、四人そこに並べ!」


 四人は立ち上がり並んだ。村松の声を待たず小宮山が飛び出すように斬りかかった。


 誰の目にも相打ちに見えたが、兵馬の木刀は小宮山の頭上一寸で止められていた。小宮山の木刀は兵馬の左肩すれすれに振り下ろされている。


 次々と柳瀬、棚村、諏訪が打ち込んで行った。全て一手で終わった。あっと言う間だった。場内は静寂した。


 腕が違い過ぎる。村松はさらに最上位五名を選んだ。この上は村松師範代である。


「杉田、山村、田上、川野、橘、以上前に出ろ」


 兵馬は橘と名を聞いてはっとした。


                       つづく

次回は6月5日火曜日朝10時に掲載します