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   12、心身一刀流

 番町は武家屋敷が鮨詰めのように立ち並び、しかもどれも同じような家屋である。


 兵馬は橘敬二郎の何か糸口でもと表札を見ながら歩いた。しかし、行けども行けども同じ家並みは続く。


 その家並みをただ歩くだけだった。その屋敷に橘を訪ね聞くことは、後のことを考えれば出来ない。


(番町は将軍を直接警護を担う大番組の住居が占めていた。それで番町と呼ばれた。現在も残る1~6番町。他麹町等の地域)


 お静と早苗のことが気になり何の計画も無く歩いたが、全く手掛かり無く、ただ歩く無意味さを知っただけであった。


 依頼者のことは元締めに聞いても明かすはずが無い。また、蔵宿師は必要以上の事は聞いてはならぬ。


 兵馬が長屋に戻った時は二刻程経っていた。めし屋に行くにはまだ早い。さすがに疲れた。横になりうとうとした時、


「頼もう!神代殿はおられるか!」


 引き戸を叩きながら浪人風の男が問う。


「どうれ!」


 兵馬は立ち上がりながら気楽に返事をした。名を呼ぶからには知った者だろうと思った。


 引き戸を開けて驚いた。見たことの無い男だった。歳の頃三十半ばであろうか、


「失礼致しました。拙者村松兼之助と申します。明石殿の紹介で参りました」


 兵馬の顔を見た途端言葉遣いが丁寧になった。兵馬の顔には自然に改ませる品格があった。


「明石源三郎殿の紹介ですか?中にお入り下され」


「では、遠慮なく上がらせていただきます」


 男の所作に一分の隙も無い。着座するなり両手を付き、


「ご無礼仕った。明石殿の紹介だから気安く考えておりました」


「お堅いご挨拶は抜きにしましょう。御用件を伺いましょうか?」


「かたじけない、実は拙者はある道場で代稽古をしております。この春から弟子が急に増えまして困っております」


「それは良い事ではないですか?何が不満です?」


「師範が体調を崩して臥せっており、人数的に稽古指南が難しいのです」


「人数はどれくらいですか?」


「三十名程です。上級者に新弟子の稽古をさせておりますがなかなか目が届かなく、辞めて行く弟子が出て来ました」


「それは困りましたね」


「神代殿!弟子への代稽古をお願い致します。師範が回復するまでの間、是非よろしくお願い致します」


 村松は力を込めて言う。


「私の剣は田舎剣法で今だ未熟者です」


「大変な遣い手と明石殿に伺っております。なにとぞご教授お願い致します」


「私が遣い手ですと?それは何かの間違いです」


「実は明石殿に代稽古を頼みに来ました。明石殿は藩で一、二と言われる遣い手でした。その明石殿の推薦です」


「明石殿の推薦はありがたく思います。しかし私は早起きが苦手です。代稽古は無理です。折角ですがお断りします」


「いえ、ご教授いただくのは本稽古です。巳の刻から一刻です」(巳の刻=十時、一刻=二時間)


「しかし、流派の問題がある」


 兵馬は何としても断ろうとする。


「いや、剣捌き(さばき)をご教授いただきます。流派は抜きです。ちなみに神代殿は何流をお遣いですか?」


「私は心身一刀流です。伊藤一刀斎の流れです」


「何と!偶然です。我が道場は小野派一刀流の流れで番町一刀流と言います。始祖は同じですね。是非ともお願い致します」


「奇遇です。心得ました。御師範の回復なさるまでお手伝い致しましょう」


 剣を心得る者にとって流派は血縁以上である。


「かたじけない。どうぞよろしくお願い致します」


「して、道場はどこにありますか?」


「はい、番町にあります。ここから四半刻程の距離です」


「なに!番町?」


「御存じですか?」


「いや、知りません。わかりました伺いましょう」


「いつからご教授いただきますか?」


「日を置いて明後日からではいかがでょう?」


「ありがとうございます。では、明後日弟子をお迎えに伺わせます」


                       つづく

次回12回は5月15日火曜日朝10時に掲載致します