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    11、因縁

 兵馬は言葉が返せない。依頼人の秘密に触れることになる。しかし偶然とは言え不思議な因縁を感じた。


「先生!お願いです。教えて下さい」


 兵馬は目を瞑った。腕を組みお静の呼びかけに無言でじっとこらえた。


 お静は自分の前に大岩が前に立ち塞がったように感じた。それでも必死に聞いた。


「どんなことでも驚きません。教えて下さい」


 お静は冷静さを欠いていた。取り見出しはしないが兵馬の腕組みの手を両手で掴みすがりつくように寄って行く。


 兵馬は腕組を解き、思わず後ろへ下がった。そして意を決したかのように、


「お静ちゃん、ありのままを話そう。母上とは一度だけ会ったことがある。五年程前だ。人に頼まれてある物を届けに行った」


「ある物って何ですか?」


「隠すことも無いだろう。十両の金子(きんす)だ」


 (一両=約十万円。江戸後期)


「そんな大金どうしたのでしょう?母は良く受け取りましたね」


「いや、受け取らないと言うから置いて来た」


「誰からですか?」


「それは言えない」


「なぜですか?そんな大金では悪いお金かも知れないではないですか」


「それは無い。私が知っている。断言する」


「兵馬様のご存知の方ですね?」


「いや、人に紹介されて一度あっただけだ」


「おかしいですね。一度しかあったことの無い人に十両の大金を預けるでしょうか」


「武士と武士との約束だ」


「その人は武士なんですね。どこにお住まいですか?」


「それは言えない」


「そのお金あたしが預かっています。そう言うことでしたらお返ししたいのです」


「預かっているとはどういうことだ?」


「母が亡くなった時、手文庫の中に入っていたのです。あまりの大金に叔父に相談しました」


「叔父はお静の為の残してくれたのだと涙ぐんでいました。でも今のお話を聞いて母はお返しすると言っていたようですね」


「兵馬様、母の遺志通りにそのお方にお返ししたいと思います。そのお方を教えて下さい。お願いします」


 兵馬は答えに窮した。


 それを教える事は蔵宿師を廃業することになる。依頼人を明かすことは絶対あってはならない。逆に質問をした。


「母上はご病気で亡くなられたと聞いたが・・・」


「母は労咳だったのです。死ぬまで隠していました。何年も咳が続いていたのに、あたしは気付きませんでした」


「咳がひどいので薬を買って来ると言うと、風邪だから直ぐ治ると買いに行かせませんでした」


「生活費はどうしていたのだ」


「母が着物の仕立てをしていました。でも亡くなる一年前から、体調が悪くて仕立てが出来ませんでした」


「叔父が時々来てお金を置いて行くようでしたが、生活をするのがやっとでした。薬など買えませんでした」


「大変な生活だったね。母上のご苦労は並大抵の事ではない。その男の事調べてみる。それまで待ってくれないか」


「はい、あたしが勝手過ぎました。取り乱してすみませんでした。よろしくお願いします」


 お静は寂しそうな顔をして帰って行った。兵馬は引き止めもせず見送ったが胸がせつなくて堪らない。


 お静が帰ると兵馬は手文庫から帳簿を出した。


 五年前にさかのぼり帳簿を開いた。橘景昭の名があり、札差杵元で十両の借用。住まいは番町とある。


 依頼状況は蔵宿師に依頼する必要の無い内容であり、札差に直接当っても借りられたであろう。


 橘景昭は借金を秘密裏にしたいため、蔵宿師に依頼したのである。兵馬にとって楽な仕事であった。


 横に追記がしてあった。本所の長屋。火の見櫓の近く。住人早苗に十両の金子を届ける。謝礼一両。


 橘の特徴。歳の頃四十半ば、人品卑しからず。温厚な武士と記載してあった。


 変った依頼者だけに今もはっきり覚えている。何かわけありとは思っていたが、まさか身近に関係して来るとは思わなかった。


 お静との約束でもあり、橘の居住を確かめたいと兵馬はふらりと長屋を出た。


                        つづく

次回12回は5月8日火曜日朝10時に掲載します