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                      1、めし屋

 「若僧!おめえ口が利けねえのか!」


 言われた浪人は身じろぎもせず、何食わぬ顔で酒を飲んでいる。


「人が親切にお近づきにどうぞって、酒を勧めてやったのに!このやろう無視しやがって!」


 男は立ち上がる。めしやはほぼ満員で8、9人の客がいた。その大声にぴたりと静かになった。


 浪人の席はいつも決まっていた。壁際の端である。常連客はどんなに混んでも、その隣は一席空けて座った。


 この威勢の良い男は、今日始めて来た客である。通常なら誰か止めるのだがこの男も浪人風である。皆ためらった。


 ののしられた浪人は、聞こえぬかのように猪口を口に運ぶ。男はかっーとなった。右手で浪人の頭を殴った。


「のやろー!」


「いてててっ!」


 男の手はひねられていた。自分がどうなったのか見当がつかない。殴ったつもりの右手は後ろ手にひねられている。


 男はもがいた。腕はもがくほどにひねり上げられる。額から油汗が流れて来た。このままでは腕が折れる。


「すまん、放してくれ、頼む!」


 絞り出すような声で言う。浪人はぱっとその手を離し、何事も無かったように猪口の横に飲み代を置いて店を出て行った。


 男は腕を押さえて座り込んだ。しきりに腕をさする。店内は何事も無かったように、がやがやといつものように賑やかになった。


 長屋には三町も歩けば着いた。暮れ六つは過ぎたばかりである。(一町=109m。暮れ六つ=18時)


 外は寒かった。もう直ぐ三月なるが、まだまだ寒い。火を起こすには面倒くさく、そのままごろりと横になった。


 歳の頃は三十歳に近く、鼻筋通った色白の顔。どことなく品が良い。


「腹減ったなー」


 とつぶやいた。口が無いわけでない。人と話すのが億劫なのである。


“とん、とん”と引き戸を小さく叩く音。


「先生!あたしです」


「お静ちゃんか、入れ!」


「何ですよお、お帰りになるんですもの。おむすび持って来ました」


「おっ、そうか。ありがとう。腹が減ってる。すまんな!」


 むくっと起き上がって来た。


 浪人先生の名を神代兵馬と言う。何の仕事をしているのか日頃ぶらぶらと遊んでいる。


 長屋の住民はどこかの隠れ御曹司で、お金に不自由しないご身分なのだと噂している。


「じゃ、ここに置いておきます」


「親爺さんによろしく言ってくれ!」


 お静はいつも朝五つ(八時)、兵馬の長屋に毎朝どんぶりめしを届けている。めしにはたくあんが添えられている。


 兵馬は飯を炊くのが面倒くさくて届けて貰っていた。おかずは買い置きの佃煮で食べるのが好きだった。


 めしやでは、さっきの浪人が大声でわめいている。


「おめえ、笑ったな!いや、笑った」


「お侍さん、あっしはこいつと仲間内の話をしていたんで、そんな滅相もないことしません」


「滅相も無い?聞いた風なことぬかすな呆け茄子!」


 まだ酔っていないだけに始末が悪い。なんやかやと手近の客に次々に因縁をつけている。先程の事は少しも懲りていない。


 そこへお静が帰って来た。


「どこへ行ってた?酌をしろ!」


 側に行き強引に手を引っ張る。


「やめて下さい!」


 その声を聞いて調理場から親爺が出て来た。


「野郎!いい加減にしやがれ!」


「なんだ!このおいぼれ!」


 思いっきり横殴りに殴ったから堪らない。その場にひっくりかえり、気を失ってしまった。皆総立ちになった。


 お静が駆け寄って介抱しよとすると、


「ほっとけ!直ぐ気が付く。酌をしろ!」


 お静を倒れた親爺から無理やり離す。


 見兼ねた客の一人が、慌てるように飛び出して行った。先生を呼びに走った。


   つづく

次回第2回は2月27日火曜日に掲載します