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  どこかで見た人 5.完

  男は何か話をしなければと思った。話す言葉が思いつかない。なぜか焦るような気持になった。


 その時、彼女が立ち上がった。  


 ショパンのノクターンが静かに流れて来た。彼女がⅭⅮをセットした。 


「ショパンお好きなんですね?」


 言い知れぬ緊張が解け、ほっとしたように男は言う。


「そうなんです。よく聴いています。小林さんはショパンはお好きですか?」


 男はあれっと思った。自分の名前は表札にも郵便受けにも書いてないはずだ。ただ、名乗ったのが一度だけある。


 引っ越しの挨拶に彼女が来た時、小林ですこちらこそよろしくと言った記憶はある。覚えていてくれたのだ。嬉しくなった。


「僕も良く聴きます。特に一番と遺作は大好きです」


「あら、私も遺作は大好きです。初めは二番の愛情物語を聴くために買ったのですが、今では遺作を良く聴きます」


 ショパンの話から、ピアニストの弾き方、音色の話までどんどん発展していった。男は音楽の話になると夢中になる癖があった。


 もう、どきどきした気持ちは無くなっていたが、彼女への愛の気持ちはさらに、確実に、固まって行った。


 彼女は自分の好きな曲を、男が好きだと知り嬉しくなり、


「何かお勧めの曲はありませんか?」


 と聞いた。


 男は自分の部屋に戻り、数枚のCⅮを持参した。そして始めにかけたのが同じショパンの遺作をヴァイオリンで演奏したものだった。


 もともとせつない曲であるが、ヴァイオリンで聴く遺作は身を切られるようなせつない気持ちになった。


 この日以来、二人の部屋の行き来は当たり前になった。


 夏にはここを引っ越し、二人一緒に住むことになった。


                                    完