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        すれ違い 9.

 駅近くの喫茶店で文庫本を読んでいた。1時間半近くになる。同じところを開いたままである。時刻は20時を過ぎた。


 これからどうしょう。ここにももういられないわ。どこに行こうかしら。帰りたくない。どこに泊まったのかしら…。

 

 涙が込み上げて来た。一緒に住んだ半年間が思い出される。私、聞けないの。怖いの。あの時と同じなの。


 5年近く前のことである。結婚を夢見ていた彼の誕生日。驚かせたかった。一緒に作った合鍵で部屋に入った。


 前の晩から煮込んだシチューを持参した。彼の大好きなシチューである。心が弾んだ。プレゼントも用意した。


 終電は無くなり、いつしか朝になった。携帯は通じない。会社を休むわけにもいかず。そのままそこから出社した。


 それまでにも、帰宅しないことが何度かあった。彼は決まって、同じことを言った。同僚とサウナに泊まったと。


 その夜、彼を咎めると、悪びれも無く静かに言った。


「別れよう。僕を信じることの出来ない君とは、一緒に生きて行けない。無理だ」


 一年後、彼は結婚した。若い女性だった。何度もアパートの前まで行った。遠くから彼女も見た。


 水野は部屋にいて、いてもたっても居られなかった。携帯に何度も電話する。電源が入っていないとのアナウンス。


 僕が悪かった。タクシーで帰ればよかった。どうしてケチったのだろう。今回で3回目。彼女が怒るはずだ。


 こんな時でも、彼女のにっこり笑った顔が浮かぶ。いつも微笑みながら僕の話を聞いてくれた。僕には君しかいない。


 立ち上がるとアパートを出た。駅の改札口へ向かった。行き来の人を確認しながら急ぎ足に歩いた。改札口に立った。


 彼女は喫茶店を出ると、アパートに帰る決心をした。何だか気が重い。部屋に電気が点いていた。


 思いっきり明るい声で、


「ただいま!」

 

 ドアを開けた。彼はいない。不安が過ぎった、茫然となりそこに座った。涙が自然にこぼれて来た。あの日と同じ。


 水野君はどんな時にも私に気を遣ってくれる。私が悪いのに、僕のせいだごめんねといつも笑って言う。せつない。


 時間は午前1時8分を過ぎた。終電は終わった。1時半になる彼は帰って来ない。彼女は立ち上がった。


 その時、ドアの鍵がカチリと音を立てた。


                       つづく

次回は12月13日金曜日に掲載します