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   あなたは恋を知らない 12

 田村は行き慣れた様に装ったが、カラオケ店に行くのは初めてだった。


 完全な個室に驚いた。7㎡ほどの広さでL字型座席、入口ドア横がカラオケ機材だった。


 正面奥はL字の底辺で2名はゆったり座れた。田村がそこに座ると、麗子は少し間を開けてL字の長辺に座った。


 入店時に頼んだオレンジジュースが運ばれてきた。係りが出て行くと二人だけになった。


 田村はどきどきして来た。悟られないように、何かしゃべらなくてはと思った。


「どうすれば良いですか?実はカラオケ店は初めてです」


 と正直に言った。


「えっ、慣れていらっしゃると思いました。受付でそんな感じでしたから……」


「香山さんはよく来られるのですか?」


「たまに来ます。ストレス解消に一人カラオケです」


「良かった!どうすれば良いですか?」


「簡単ですよ。でも実際にやった方がわかり易いでしょう。田村さん何か歌って下さい」


「わかりました。サントワマミー歌います」


「あら、シャンソンですね。素敵!」


 田村はマイクを持ち得意げに歌い始めた。麗子は下を向いて笑いをこらえるのに大変だった。


 音程がずれるなどと言う生易しいものではない。完璧に外れている。


 麗子は気の毒になった。歌わなければ知的で素敵な紳士である。


 歌い終わると麗子は力いっぱいに拍手した。田村はその拍手に満足そうな顔をして、


「好きな歌なんですよ。会社の飲み会では大変好評でして、みんなにせがまれるんですよ」


 飲み会で好評なはずだ。聞いた人はいっぺんで幸せな気分になるだろう。珍しい程完璧な音痴だ。本人に全く自覚がない。


「今度は香山さんの番ですね。Forever love をお願いします」


 麗子は立ち上がった。長いイントロは、古いアルバムを見るような懐かしい気持になった。歌詞は♪もう独りでは歩けない…と始まる。


 麗子の歌う声は、秋の青空に似てどこまでも澄んでいた。しかも、憂いに満ちた優しい声だった。


 歌うその歌詞は進む程に、田村の心にじっくりと沁みて行った。田村はせつなくなって麗子の隣に席を移した。


 麗子は歌いながら田村を見つめた。二人の間に、泣きたいような言い知れぬ想いが広がって行った。


                        つづく

次回は8月31日朝10時の掲載です